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紀州デンシャ旅 【一】  紀州鉄道  〔和歌山県〕
kitetsu
Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り) 、エアブラシ(幅広-ホイール50)
 +フォーカス(被写界深度)


話はまた先月、九州デンシャ旅の翌週の10月13日土曜に戻る。
その日僕は、今回絵にした紀州鉄道に乗りに和歌山県御坊(ごぼう)市へ行った。

和歌山県は京都の人間にとっては微妙な場所だ。勇んで行くほどでもないが日帰りもできるし、そのうち行こうと思いながら結局行かないような場所になってしまっている。御坊は僕の友人・Tちゃんの地元だし紀州鉄道にも乗りたいと思っていたが、やはり「そのうち」で終わってしまっていた。
それが、九州でも使った秋のJR乗り放題企画切符が1日分余っていて翌日で期限が切れるので、いよいよ行くことにした。
僕の大好きなアーティスト、石井麻耶さんの原画が見れるというので、大阪中央区で催されていたグループ展に午前中に寄り、天王寺からJR阪和線、和歌山からJR紀勢本線と乗り継いで御坊に14時過ぎに着いた。東海道線高槻駅での人身事故の影響が紀勢本線までおよび、15分ぐらい遅れた。

全線たった2.7kmしかない紀州鉄道は雑誌やTVのローカル鉄道特集でよく取り上げられているから僕も何となくは知っていたし、1960年生まれの元・大分交通キハ600形という古い気動車にはぜひとも乗りたかった。実際乗ってみたら、紀州鉄道は予想をはるかに上回る素晴らしさだった。

まずそのキハ600、僕が乗ったのは603形だったがとにかくボロい。壊れそうなワケではないが、嫌でもノスタルジーを喚起させるような絶妙なボロさ。そして沿線風景と終点の西御坊駅の、これもまた絶妙な昭和レトロ感。売りとしてレトロを強調したり演出の改装が施されていたりすると興醒めする僕でも、自然に時が止まったままな感じのたたずまいに、紋切り型だと承知の上で理想のローカル鉄道風景を見た思いがした。
やはり年配の方と学生に偏るが、割と利用者が多いのも良かった。理想の光景ではあっても、その中に人が運転士さんと僕だけというのでは切な過ぎる。ただ、週末しか走らないというキハ600形、さぞや鉄ちゃんが群がっているんだろうと覚悟していたら、駅や沿線はおろか、車内も地元の人らしい乗客ばかりで、絵のネタに、と写真を撮ったりウロウロと挙動不審なのは僕だけだった。

デンシャに一緒に乗ってあげる、というところまで気は利かないものの、日が暮れるまで御坊を案内してくれたTちゃんと西御坊駅で別れた。古い車両で窓が開けられるので、小さな木造駅舎のホームで見送るTちゃんに半ば身を乗り出して手をふった。当初はJR御坊駅へ彼女のクルマで送ってもらう予定だったが、この町、このデンシャにはこんなさよならの方が本当に似合うと感じた。

kitetsu photo by kyo-to


(つづく)


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九州デンシャ旅 【その10】  長崎駅の885系特急かもめ  〔長崎県〕
kamome
Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り)
 +フォーカス(被写界深度)


九州デンシャ旅、最後はやはりデンシャの話で終わろう。
JR長崎駅、16:30。僕は今回絵にした特急かもめ36号で博多へ、そして新幹線に乗り継いで九州の旅を終えた。色んな意味であまりに自由気ままなクルマ社会に嫌気がさしているのと「エコ」な生活の実践のためにもすべての行程に公共交通機関を使っているので、家の最寄り駅の最終バスの時刻から逆算するとどうしてもこんな早くに長崎を去らねばならなかった。ちなみに僕は飛行機には怖くて乗れない。
k-32
路面電車やローカル線は味わい深くて僕にはかけがえのないものだが、こんな特急は特急でまた素晴らしい。旅の初日、鈍行では鳥栖~諫早間でさえ2時間40分もかかったのに、この「かもめ」は長崎~博多を1時間47分で結んでしまう。乗り心地も快適だし、見た目もすごくカッコいい。

見た目といえば、この特急かもめや九州新幹線「つばめ」を含むJR九州のイカす車両のデザインは、今年1月の岡山の旅で出会ったMOMOKUROのデザイナーでもある水戸岡 鋭治(えいじ)さんによるものだ。鉄道専門というワケではなく、「さいたまスーパーアリーナ」や「横浜クイーンズスクエア」などの建築物のデザインも手がけている。僕は旅から帰って、ネットで九州のおさらい(旅のあとに情報を仕入れるバカが僕)中に、この水戸岡さんの「旅するデザイン 鉄道でめぐる九州」というデザイン画集を発見、手に入れた。

旅するデザイン 鉄道でめぐる九州 水戸岡鋭治のデザイン画集旅するデザイン 鉄道でめぐる九州 水戸岡鋭治のデザイン画集
(2007/06/06)
水戸岡 鋭治

商品詳細を見る


僕はデンシャを訪ねる旅を今年からはじめたが、味のある古い車両はともかく、鉄道車両の見た目のデザインに納得のいくものが多いとは言えないと思っていた。スペースの都合で省いたが、初日にひと駅だけ乗った甘木鉄道の車両なんかもそうだ。
k-33
頑張っている第三セクター鉄道の車両を槍玉にあげてしまって申し訳ないが、JRにしても同じで、クルマと違ってデザインが売り上げに直接影響しないから適当に識別できればいいのだろうけど、色ひとつとっても「何でこんな配色にするかな…」と僕は不満に感じていたのだった。それが水戸岡さんの手がけたものの場合、たとえ一般的なJR車両のリモデルでさえ、たとえば車両の形式番号のタイポグラフィーに至るすみずみまで行き届いたデザインがほどこされていて、僕としてはとても気持ちが良かった。最初に「あぁ九州に来たんだな」と感じたのは、実は水戸岡さんのJR九州車両が行き交う風景を目にした時だった。
k-34
<< 水戸岡さんの手がけたJR九州の車両たち >>
787系特急 有明
以下、左から順に813系電車/885系特急ソニック/817系電車
Y-DC 125形気動車(島原鉄道ではない)/200形気動車シーサイドライナー


特定のデザイナーに肩入れした立場から車両のデザインを論じるなとホンモノの鉄道ファンから怒られそうだ。でも僕にとってSL(蒸気機関車)以外の線路を走る車は何でも「デンシャ」で、もちろん今の僕の旅の目的であり楽しみではあるけれど、鉄道を軸にした旅で何を感じられるかが僕には大事なので、これからも色々と好きに書(描)かせてもらえれば、と願う。

さて、僕を乗せた特急かもめは、18:17に博多に到着。…のハズだった。順調に走っていたように見えた。しかし3連休の混雑のためか途中の駅での乗降に思いのほか時間がかかっていたらしい。博多到着直前、僕の乗り継ぐ予定だった18:25発の新幹線のぞみ50号に間に合わないとアナウンスがあった。やはりたった8分の連絡時間はキケンだったか、と後悔した。混雑を想定して帰りの特急と新幹線は指定席をとっていたが事前の対処がその程度だった自分にも落胆した。

のぞみ50号発車時刻と同時か少し過ぎた頃、博多駅在来線ホームに着いたかもめのドアが開いた。と、猛烈なダッシュで駆け出すカップルが。何だか分からぬままともかく僕も後を追って走った。果たして、彼らのゴールもやはり新幹線ホーム、そしてのぞみ50号東京行きの500系車両だった。少し待ってくれていたのか間に合った。飛び乗った。
僕は帰りの新幹線まで500系で、と考えてのぞみ50号を指定したワケではなかったのだが、結果的にそれで大いに助かった。今から冷静に考えれば、終着駅とはいえホームが上りか下りか確認もしなかったし、白一色の他の型の車両でなく500系だ、と瞬時に識別できたから迷わず飛び乗れたのだった。
これに乗れなければ帰りのバスに間に合わなかった。僕にはまるで終電車のようだった。

(終わり)
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先にも書いたように、鉄道は今の僕の旅の目的であり楽しみではあるが限られたスペースでそれを表すのに乗りに行った鉄道の絵と少しの感想文、という以前までのスタイルにはちょっと違和感を感じていたので、10月の話をいつまで書いてるんだと自分でも感じていたが、鉄道以外のこともたくさん話せるこの形に変えてよかったと思う。ただ、「画BLOG」と銘打っている以上、画(え)をメインに据えると決めているのもあり、結果、絵が描けるまで新しい記事が書けないためどんどん情報は古くなってしまう。万が一、これを参考に旅しようとする方がいたら、ぜひ御自身で最新の情報を参照されたい。最後に話したのぞみ50号・500系新幹線も、11/1からN700系に置き換わっているそうだ。

デンシャ旅 | Comments(12)
九州デンシャ旅 【その9】  長崎の街  〔長崎県〕
nagasaki
Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り)
 +フォーカス(被写界深度)


平和公園のエリアをあとに、再び路面電車に乗る。
全ての電停に降りる案は既に挫折したので、全線制覇に変更。といっても長崎電軌は4系統・計11.5kmの短い路線なので、乗りつくす行為に疑問さえ感じなければ誰でも可能なことだ。
そうしてまずは3号系統を赤迫(あかさこ)から折り返し、蛍茶屋へ向かっていると、公会堂前のすごい人だかりが目に入った。観光のための予備知識をまったく仕入れず来たので知らなかったが、「長崎くんち」の「龍踊(じゃおどり)」だった。
k-29
長崎駅前から割と好みのお姉さんが、満員でもないのにナゼか僕の隣が空くと詰めて座ってきたので ものすごく悩んだのだが、こんなチャンスを逃すのはバカだ!と、意を決して龍踊を見るために公会堂前で降りた。僕はバカだろうか。
長崎くんちは360年も続く、10月7~9日の3日間にわたる秋の大祭だそうだが、理屈抜きにやっぱり祭りはいい。血が騒ぐ。今年の京都の三大祭のクライマックスは平日開催だったのでどれも見れなかったが、東京では浅草の三社祭、そしてこの長崎くんちと旅先で思いがけず大きな祭りに遭遇できて嬉しい。

そんな風に、何か気になるものを見つけては電停で降りながら全線制覇も達成し、半日ほどかけて長崎の市内を巡った。大抵の観光名所は電停から歩いてすぐのところにあるので、観光のための市内移動にも路面電車はうってつけだと改めて感じたが、それでも半日は短すぎた。
k-30
長崎の人は怒らないでほしいのだけど、今回、長崎駅に降り立って最初に街を目にした時の印象は、「何かエラいゴチャゴチャして、変な街やな…」というものだった。新しいもの古いもの、和・洋・中、デンシャの色さえ統一感がなく、とにかく何でも一緒くたで、それがそんなに広くない山間の港町にひしめいているのでそんな風に感じてしまったのだ。
でも帰る頃には、それこそが長崎の魅力だと感じるようになっていた。歴史的に見ても、江戸時代の鎖国政策下でも唯一「異国」との交わりがあり、京都のように慣習が伝統が、などとのたまう暇もなく何でも取り込まざるをえなかった故の「生きる力」みたいなものが長崎の人には今も備わっているようで、それが街の姿に現れている気がしたからだ。
k-31

ちなみに今回の絵は、石橋電停からすぐの、グラバー園へ向かう斜面を昇降するエレベーター「グラバースカイロード」を昇りきったところから見た長崎の街。

(つづく 次回ようやく最終回)



デンシャ旅 | Comments(9)
九州デンシャ旅 【その8】  グラウンド・ゼロ  ~爆心に建つ碑~  〔長崎県〕
ground zero
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 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り)
 +フォーカス(被写界深度)、表面処理(照明の適用)


Ground Zero=爆心地。
1945(昭和20)年8月9日午前11時02分。「ヒロシマ」からたった3日後、この長崎に史上2つ目の原爆が投下された。街は一瞬で崩壊、直撃による死者7万数千人。
今回の絵は、その爆心地に建つ原爆落下中心地標柱。平和公園通り沿いの原爆落下中心地公園内にある。

元々、こんなモニュメントがあるのも知らなかったぐらいだから来るつもりはなかった。夏に行った広島だけで原爆の悲惨さを知ったつもりじゃダメだろう、というのも心の片隅にはあったけど、とにかくまずは路面電車を存分に、そうだ、いっそ全部の電停に降りて市民の目線で長崎を楽しもう、と考えていた。が、程なくくじける。路面電車の電停というのは普通の鉄道と違って駅間が短く、次の電停が見えているのに乗り降りを繰り返すのがバカらしくなったのだ。そんな松山町電停で平和公園が近いことを知り、まぁ気分転換に、と寄ってみた。
k-25
長崎は再訪になる。高校の頃旅行好きのオヤジに家族旅行で連れて来られた。高校生が家族旅行もあるか、と親とは別行動、弟とその時も路面電車でこの平和公園を訪れたハズだが、電車もこの場所もまったく記憶にない。ないというのはおかしいが、懐かしいとかそういうのがない。あの時はよっぽど何も見てなかったのだろう。平和祈念像の前にも立ってみるが、やはり何も思い出せない上にまたパラパラと雨まで降ってきた。雨宿りがてら、公園脇の土産物屋に入ってみたらお決まりの長崎名物が並ぶ本当にただの土産物屋で激しく興醒め。

原爆資料館ぐらいは見て帰ろう、と歩き出したが、坂の町だけあって起伏の多い地形でなかなか見分けられず、珍しくちょっと迷った末に辿り着いたのが原爆落下中心地公園だった。雨は止み、足を踏み入れた時には雲間から陽の光が公園を照らした。仏像は好きだが特に何も信仰してない僕でもこういう状況に出会うと、大きな存在に啓示を受けたような気になる。僕が来るべき場所はここだったのですね、とか。
k-26
実際すぐまた曇り出したが、ここは何だか広島の原爆ドームを目にした時と同じく、急に胸にこみ上げてくるものがあった。被爆・崩壊した浦上天主堂の遺壁も移築されて脇に在るが、それより、墓標のように立つ原爆落下中心地標柱と、同心円を描いて拡がる地表のプレートデザインがグラウンド・ゼロであることを確かにイメージさせる。空を見上げ、この真上で、と思うだけでもうダメだった。
k-27
▲碑の側面に記されていた

公園の隣の高台に、原爆資料館はあった。入場料200円の表示に一瞬たじろぐ。比べるのもどうかと思うが、広島は500円払ってもいいと思えたのに、今時50円だ。200円が高いとは思わないが何だろう、合点がいかない思いが残る。しかもループ状の通路を降りていざ入場という際に館内展示物の写真を撮りたい人は入り口に戻って申請が必要と言う。フラッシュを焚かなければご自由に、という広島とはこの点も違った。結局写真はあきらめて入る。展示物はやはり悲惨極まりない、見ておく価値のあるものばかりだったが、長崎は本当にこれらをできるだけ多くの人に見てもらおう、伝えてもらおうとしているのか、入館までのたった2つの事柄だけで少し疑問に感じてしまった。

そのあと、浦上天主堂まで歩いた。戦後新しく建て直されたものらしい。僕は見仏などやめてキリシタンになった方がいいのだろうか。堂の前でまた空が晴れた。
k-28


(つづく)



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九州デンシャ旅 【その7】  長崎電気軌道  〔長崎県〕
nagaden
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 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り)
 +フォーカス(被写界深度)


10月8日、九州最終日。
前日までは何とか持ったが、いよいよ今日は朝から雨。
k-22
JR諫早駅から6:29発の長崎本線の列車に乗り、今日の目的地、長崎市内へ。7:17、終点・JR長崎駅に着く。
諫早から2駅先の喜々津(ききつ)で長崎本線は2つに別れ、浦上で再び合流する。調べてみると新線と旧線ということで、新線といっても開通は30年以上も昔の話らしいが、大村湾沿いに走る長与経由の方が旧線で、遠回りになるが料金は同じと駅員さんに聞いたので旧線を走る列車を選んだ。
帰りに新線の方を通ったが、トンネルでショートカットされていて効率はいいのだろうけど、海や山や起伏に富んだ旅情溢れる風景は旧線にはかなわないと僕は思った。

話がそれたが、最終日の目当ては長崎市内を走る長崎電気軌道。有数の観光地、長崎の市内全域をほぼカバーする路面電車だ。
全線100円均一の運賃ということで驚くほど安いが、記念にもなるのでこれまた破格、500円で乗り降り自由の一日乗車券を長崎駅の観光案内窓口で購入する。
しかし、窓口が朝8時からの営業だとは知らなかった。夕方4時半に長崎を去らねばならないから少しでも、と早く来すぎてしまい、30分ほど待つハメになってしまった。窓口のお姉さんは「観光地の割引券とセットのものもありますが…」と言いかけたがすぐに通常の一日券を差し出す。開店と同時に「一日券を!」と意気込む僕を「鉄ちゃん」と踏んだのだろう。
k-23


JR長崎駅前の歩道橋を渡り、長崎駅前電停から路面電車に乗ろうとする頃には雨はすっかり上がっていた。おとつい拝んだ馬頭観音の…(以下略)。
それにしても、やっぱり路面電車はいい。ンゴアァーとウルサいモーター音、路面に響く車輪の音。ローカル鉄道の古い車両もいいのだけれど、それは昔乗った記憶や特別な思い入れはないので、単にレトロ趣味的な興味からそう感じるのだと思うが、路面電車は京都市電の、肌で覚えている感触がある。

長崎には残念ながら広島のように京都市電から移籍してきた車両はなかったが、ちゃんぽんみたいに年代も形も色もごちゃ混ぜの賑やかなデンシャたちでいっぱいだった。連休というのもあるのかもしれないが、とにかく利用客の混雑ぶりは相当で、デンシャは次から次に来るので助かるが、今回の絵のように、電停で「デンシャの渋滞」を何度も味わった。でもそれも在りし日の京都市電の姿をみるようで、たくさんの人に利用される元気な鉄道を僕は嬉しく感じた。
k-24
▲クリックでもうちょっと大きく見れます

(つづく)



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九州デンシャ旅 【その6】  島原駅前夕景  〔長崎県〕
shimabara
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 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り)
 +フォーカス(被写界深度)


九州2日目は予定通り、暗くなるまで島鉄とその沿線で過ごした。
暗くなるとデンシャはつまらない。車内の明かりのせいで外がよく見えなくなるのがデンシャの唯一残念な点だと思う。
今回の絵は、諫早へ戻る便を待っている時に見た、島原駅前からの夕景。本当はもうちょっと雲が多かった。

島原駅周辺は多分、沿線で一番の観光地だろう。1時間半ほど歩き回ったが、そんなもんでは足りない、雲仙からの伏流水の恵みにあふれた風情ある城下町だった。島原の乱では一揆軍にとって忌むべき存在だったろうが、シルエットがキレイで規模もちょうどいい島原城。背後に眉山と普賢岳。今度来る時はこの町に泊まりたい。
k-20
左下:駅前の「島原の子守唄」像 右下:武家屋敷水路

島鉄の廃止予定区間にある駅数は21。大半が駅舎もない無人駅だったけど永久に消えてしまうのだから全部に降りてみたかった。が、1日では土台無理だった。
布津新田(ふつしんでん)、堂崎では海岸まで歩いてゆっくり過ごしたけど、僕以外誰も降りなかったし誰も乗らなかった。廃止もやむなしか…と寂しさが増す。

心残りといえばもう一つ、観光トロッコ列車。最初は興味なかったが沿線の素晴らしさに触れ乗りたくなり、急遽申し込んだが1日3便の全便が満席。予約が必要だった。普通の車両はおろかキハ20形でさえ観光客は見あたらなかったのに、何だこの差は…。
廃止予定区間を走るこのトロッコ列車も消えてしまうのだろうか。だとしたら尚更残念だ。
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沿線で見た風景の、ほんの一部

観光客が見当たらないと書いたが、その分、普通の車両には地元の人たちの生活感があった。買い物に行く親子や老人、JRに乗り継いで大きな街へ遊びに行くらしいヒネはじめた少年たち、クラブの行き帰りの学生。中でもそんな女の子たちはよくしゃべるので、聞くつもりがなくても話が耳に入る。語尾に「~けん、」「~ったい」とか、こちらの言葉が聞けて面白い。鉄道、それも鈍行の旅の醍醐味だと思う。
できれば話の輪に加わりたいぐらいだが、中途半端なオッサン世代の僕ではこの御時世、つまみ出されるか通報だ。こういう時は怪しまれない好々爺然としたおじいちゃんになりたいといつも思う。

茨城交通湊線であきらめたキハ20形にも乗れてよかったが、レギュラータイプの黄色い新しい気動車もここの風景に映える。
k-22
島原鉄道はホントにいい鉄道だった。
今ではこの路線の難読駅名の数々、大三東(おおみさき)、布津(ふつ)、蒲河(かまが)、有家(ありえ)なども難なく読める。

さて、もう一晩諫早に泊まり、最終日は長崎市内を巡る。

(つづく)

追記:
島鉄の中吊り広告に釣られて思わず島原駅で買った、島鉄全線の前面展望映像が収録されたDVD。
諫早~終点・加津佐まで、家に居ながらにして島鉄の旅が何度でも追体験できるので良かった。

島原鉄道 諫早~加津佐間 [ビコムワイド展望]島原鉄道 諫早~加津佐間 [ビコムワイド展望]
(2007/05/21)
趣味

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あと、京都にも日本最古の公許の花街だった「島原」という場所(地名ではない)があるが、
この九州の島原(正確には島原の乱という事件の名)からとられたものだ。
揚屋の「角屋(すみや)」、置屋の「輪違屋(わちがいや)」、島原入り口の「大門」が残る、有名な観光スポット。


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九州デンシャ旅 【その5】  雲仙普賢岳  〔長崎県〕
fugendake
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ところで僕は島原鉄道を一日楽しむために、最初は高いと思ったものの3,000円の「島原半島遊湯券」というのを諫早駅で買っていた。島鉄と、グループのバス・フェリーが1日乗り放題で温泉の入浴券も付いている。島鉄HPには他にもっと割安なフリー切符も載っていたが買える日が限られている。諫早から終点・加津佐(かづさ)まで片道2,060円もかかるから、往復するだけでも元はとれると割り切った。

それで加津佐まで乗り通したのはもちろん、廃止予定区間を主体に何度も行ったり来たりバカみたいに島鉄を味わったのだが、それにしても、全線ほぼどこからも目に出来る雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)の存在感はどうだろう。
今回の絵は多比良町(たいらまち)~島鉄湯江間で見た普賢岳を描いたものだけど、山の名の本当の由来は知らないが文字通り普賢菩薩を連想させる神々しさすら感じた。

もちろんそんな勝手な思い入れをよそに、火山であるこの山が牙をむいてこの地に幾度も災いをもたらしたことも知識としては知っている。江戸時代には噴火に伴う津波で対岸の熊本にも大被害が出た(島原大変肥後迷惑)そうだし、現代の僕らにとっては91年の噴火活動、中でも6月に43人の死者を出した大火砕流の被害が記憶に新しい。

その痕跡があらわに伺える場所では、ニュース映像なんかで見て知っていたつもりのそんな知識や何かがいっぺんにブッ飛ぶぐらいの、理不尽さというか恐怖のようなものを覚えたのだった。
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写真をクリックするともうちょっと大きく見れます

それでもやはり、一日 島鉄と共に普賢岳を拝して過ごしていると、あの災害を乗り越えて今も普賢岳に寄り添って暮らす人たちの気持ちが分かるような、何とも説明しにくいけれど山への思慕の念みたいなものが僕の心に残った。
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▲布津新田(ふつしんでん)駅の近くの港から
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▲稲刈り後の田んぼの向こうに

91年の噴火による土石流で島鉄も路線に甚大な被害を受けたそうで、廃線の危機さえ乗り越えて復興したのに、被災部分を含んだ区間が乗客の減少に歯止めがかからず廃止になってしまうというのは何ともやり切れない思いがする。

(つづく)

※「雲仙普賢岳」は95年までの噴火活動で出現した平成新山を含むいくつかの山の総称のようです。
 雲仙普賢岳噴火災害の詳細については島原市のHP内記事、「火山とともに」なども参照してみてください。

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九州デンシャ旅 【その4】  島原鉄道  〔長崎県〕
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 +フォーカス(被写界深度)


10月7日(日)、九州デンシャ旅2日目。
前日は長崎県諌早(いさはや)市・JR諫早駅からすぐのホテルに泊まった僕。本日の予定は諫早駅から伸びる島原鉄道(以下、島鉄)を朝から晩まで満喫する。それだけ。
アタマがおかしいんじゃないかと自分でも思うが、今回、旅行先を九州に決めたのも、諫早に宿をとったのも、この島鉄に乗るためと言っても過言じゃない。

島原鉄道は諫早~加津佐(かづさ)間78.5km、島原半島を半周する明治41年創業・昭和18年全線開通の民営鉄道で…などというウンチクはもちろん、こうして文章にする際に調べて書いているが、僕が島鉄訪問を決めた理由は、南島原の先、島原外港~加津佐間35.3kmという路線のほぼ半分が来年4月1日に廃止になると知ったからだった。悲しい。
shimabara map
気張って簡単なマップを作ってみました

ということで、鉄路からは二度と目にすることが叶わなくなる廃止予定区間の風景を目に焼き付けることを主眼に置きつつ、朝7:22発の車両に乗り込んだ。
ここでいきなり嬉しい誤算。計画時にチェックした島鉄HPでは南線(南島原~加津佐)でキハ20形という古い車両を運行すると記されていていて喜んでいたが、諫早駅で早くも乗れてしまったのだった。
k-14
諫早駅 キハ2006

台風15号の影響で、前日の快晴とは打って変わって雨になったのはただの誤算。旅先で降られたことのない晴れ男を自負していたのになぁ…と気落ちしていたら、走り出してしばらくすると止んだ。昨日拝んだ馬頭観音の御加護に違いない。

それにしても、何て幸せな気分だろう。同じホテルに泊まっていた丸出しの…いや、気合の入った鉄ちゃん達は6時台の始発で発ったのか車内はガラ空き、望んだ古い車両の味のあるボックスシートを独占できた上に、車窓は有明海沿いの鄙びた漁村や田園という僕好みの風景。予想以上にいい鉄道だ、来て良かった、と何度も心の中でつぶやいている自分がいた。
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キハ2006の車内

途中、多比良町(たいらまち)という駅で列車交換(全線単線なので上下の列車の行き違い)の待ち合わせ。ホームに降りてみると、サッカーボールのモニュメントが。高校サッカーの西の名門、長崎県立国見高校の最寄り駅ということと、日韓ワールドカップ開催記念を兼ねて2002年に置かれたものらしい。
k-15
京都サンガFCを愛する いちサッカーファンから言わせてもらえば、この意匠のサッカーボールはもう過去の遺物なのだが…。

約1時間ほどでこの列車の終点、南島原に到着。路線の半分で1時間。乗り応えがある。

(予想以上に長くなりそうなので明日につづく…)

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九州デンシャ旅 【その2】  筑豊電気鉄道  〔福岡県〕
chikutetsu
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 色=ペン(べた塗り)


後ろ髪を思いっきり引っぱられる思いで門司港駅を後にした僕は、JR鹿児島本線を今度は西へ。
小倉でいったん鳥栖(とす)行きの快速に乗り換え、黒崎駅を目指す。
進行方向右手の車窓は、さすがに北九州工業地帯らしく大きなプラントが建ち並んでいる。

途中、車窓風景との著しいギャップを覚える「スペースワールド」という名の駅に停まり、
一瞬我が目を疑ったが、左手に広がる遊戯施設群に気付いて、
新日本製鉄八幡製鉄所の敷地内にあるテーマパークのことだと思い出した。
ちょっと面白そうだけど、僕が求めるワンダーランドはもうちょっと先にある。
10:52、黒崎駅着。

JR黒崎駅に隣接したビルの1階部分にある「黒崎駅前」~「筑豊直方(ちくほうのおがた)」間、
16kmを30分ほどで結ぶ鉄道が、今回絵にした筑豊電気鉄道
九州デンシャ旅初日のお目当てだ。
k-5
CS放送の旅チャンネル『全国チンチン電車紀行』で紹介されたのを見て、
九州へ行ったらぜひ乗ろうと決めていたのだった。
見た目は路面電車っぽいのに、専用軌道を結構なスピードで激走する面白いデンシャだ。
ちなみに絵と写真の車両は、この路線のレギュラータイプ、3000形。
k-6
車内に居る車掌さんに運賃を手渡しする光景もイイ感じ。
もっと鄙びた鉄道を想像していたけど複線だし、京都でいうと叡電の出町柳~修学院の間みたいな
郊外の町中を10分間隔のダイヤで走り抜ける、利用者も結構多い割と元気な鉄道だった。
k-7
…とか言ってると、残り1/3ぐらいの区間は↑こんなのどかな風景が広がり、
いつの間にか乗客も僕だけに。
終点の手前でおばあちゃんが一人乗ってこられたものの、終点・筑豊直方駅は寸断されたような
(実際、路線延長の計画が頓挫したらしい)高架駅で、何となく儚げな地方鉄道の風景が待っていた。

11:32。とりあえず路線を乗り通してひと安心してしまった僕は、
13:11までに再びJR黒崎駅に戻ればいい、運転間隔も10分だし余裕やん、と
直方の町をブラブラ散策することにした。
k-8
知らない町の、生活のにおいがする商店街なんかを歩くのはホントに楽しい。
先の番組でも紹介されてた喫茶店(写真手前右手)も偶然見つけて小休止したりなんかしながら
本当に余裕をかましていたら、古い宿場町のあるという木屋瀬(こやのせ)や、
筑豊電鉄の車庫がある楠橋(くすばし)にも寄ろうと考えていたのに、
時間がもうなくなっていることに気付いた。バカだ。

九州デンシャ旅、初日のこの時点で事前にたてた計画が失敗だったことも思い知る。
最初の小倉から今夜の宿のある街までの行程を時刻表で上手く組めたと
満足してしまったところで終わっていた。
九州は想像以上に広い。無理がありすぎた。

結局、この筑豊電鉄探訪は単に往復しただけに終わってしまった。
本当に乗りたかった車両、2000形↓も午後から1編成走ると駅員さんに聞いたが、僕の去った後の話だった…。
2000
※この写真のみ、転載可という太っ腹サイト『日本の旅・鉄道見聞録』より転載させていただいてます

(ダメダメのまま つづく)

デンシャ旅 | Comments(7)
九州デンシャ旅 【その1】  門司港駅  〔福岡県〕
mojikou-eki
Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り)


九州へ行ってきました。

もちろん、目的は九州の地方鉄道探訪。
京都から一泊ではさすがにキツいので、6~8日の3連休を利用した。
九州北部の3鉄道に絞り、そこへ向かうJRの沿線風景も楽しみつつ、
それぞれを一日づつ3日間堪能する計画だった。

夏の青春18きっぷ有効期間は終わったので、もちろん今回は鈍行では行かない。
よって、九州入りは山陽新幹線で。しかも憧れの500系!
k-1
男(お子チャマとも言う)心をくすぐるイカス風貌、最高時速300kmのハイパー新幹線なのだが、
同等以上の性能と乗り心地を兼ね備えた新型・N700系に早晩置き換えられていくらしく、
地方鉄道のように失くなりそうなものばかり追いかけてる今の僕には
ある意味お似合いの新幹線と言えるかもしれない。

さて、朝イチの500系に乗りたいがために新大阪で乗り換えの余計な時間を要したが、
7:13に京都を出て9:38、北九州・小倉に到着。
終点博多から九州各方面へ赴くのが定石だと思うが、一つ目のお目当ての地方鉄道への行程の都合と、
どうしても立ち寄りたいところがあったため、ひとつ手前の小倉で降りたのだ。

k-2
小倉駅で鹿児島本線に乗り換え。
九州イッパツ目のデンシャは古めの車両だった。
コイツで3駅ほど東へ戻る。15分ほどで終点。
そこが僕がまず立ち寄りたかった場所、今回絵にしたJR門司港駅だ。
k-3
大正3年(西暦1914年)に建てられた九州で最も古い木造の駅舎で、
駅としては全国で唯一 国の重要文化財に指定されている、
門司港レトロ倶楽部というHPの解説にも書かれている。
これぞ駅、といった趣あふれる、期待に違わぬスポットだった。
だが、同時に失敗でもあった。
駅舎を見れれば十分だろう、と文字通りたった十分しか滞在時間をとらなかったのだ。

ネットで事前に旅先のあらゆる情報が手に入る時代、下手をするとその追体験で旅が終わる危惧から
僕は下調べはどうしても見たい場所の拝観時間やアクセス情報だけ、ガイドブックの類も地図さえ持たない
というのを「縛り」みたいにしているのだけれど、それが仇になった。
k-4
関門海峡はすぐそこだし、レトロな洋風建築がそこここに目に入るし、
これは半日ぐらい居ても楽しめそうな場所だと悔やむことになってしまった。
でもここで時間をとると後の行程がもう破綻する。
そうして僕は予定通り、泣く泣く門司港駅をあとにするのだった…。

(つづく。 3日毎ぐらいの更新を予定…してはいますが、果たして)

デンシャ旅 | Comments(14)
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PROFILE

Kyo-to (キョート)

  • author: Kyo-to (キョート)
  • 京都出身/在住のシロート絵描き。
    こちらで『Kyo-to画(キョートガ)』という、パソコンで描いた京都の風景画主体のHPをやってます。
    が、最近やたら電車好きに。
    使用ソフトはPainter IX.5。

    ※絵をクリックするとオリジナルサイズで表示されます。
    個人的な保存は構いませんが、無断転載等は勘弁してください。

    [プロフPhoto by micoちん]
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