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九州デンシャ旅 【その8】  グラウンド・ゼロ  ~爆心に建つ碑~  〔長崎県〕
ground zero
Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
 線=コンテ(先細コンテ2.5)
 色=ペン(べた塗り)
 +フォーカス(被写界深度)、表面処理(照明の適用)


Ground Zero=爆心地。
1945(昭和20)年8月9日午前11時02分。「ヒロシマ」からたった3日後、この長崎に史上2つ目の原爆が投下された。街は一瞬で崩壊、直撃による死者7万数千人。
今回の絵は、その爆心地に建つ原爆落下中心地標柱。平和公園通り沿いの原爆落下中心地公園内にある。

元々、こんなモニュメントがあるのも知らなかったぐらいだから来るつもりはなかった。夏に行った広島だけで原爆の悲惨さを知ったつもりじゃダメだろう、というのも心の片隅にはあったけど、とにかくまずは路面電車を存分に、そうだ、いっそ全部の電停に降りて市民の目線で長崎を楽しもう、と考えていた。が、程なくくじける。路面電車の電停というのは普通の鉄道と違って駅間が短く、次の電停が見えているのに乗り降りを繰り返すのがバカらしくなったのだ。そんな松山町電停で平和公園が近いことを知り、まぁ気分転換に、と寄ってみた。
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長崎は再訪になる。高校の頃旅行好きのオヤジに家族旅行で連れて来られた。高校生が家族旅行もあるか、と親とは別行動、弟とその時も路面電車でこの平和公園を訪れたハズだが、電車もこの場所もまったく記憶にない。ないというのはおかしいが、懐かしいとかそういうのがない。あの時はよっぽど何も見てなかったのだろう。平和祈念像の前にも立ってみるが、やはり何も思い出せない上にまたパラパラと雨まで降ってきた。雨宿りがてら、公園脇の土産物屋に入ってみたらお決まりの長崎名物が並ぶ本当にただの土産物屋で激しく興醒め。

原爆資料館ぐらいは見て帰ろう、と歩き出したが、坂の町だけあって起伏の多い地形でなかなか見分けられず、珍しくちょっと迷った末に辿り着いたのが原爆落下中心地公園だった。雨は止み、足を踏み入れた時には雲間から陽の光が公園を照らした。仏像は好きだが特に何も信仰してない僕でもこういう状況に出会うと、大きな存在に啓示を受けたような気になる。僕が来るべき場所はここだったのですね、とか。
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実際すぐまた曇り出したが、ここは何だか広島の原爆ドームを目にした時と同じく、急に胸にこみ上げてくるものがあった。被爆・崩壊した浦上天主堂の遺壁も移築されて脇に在るが、それより、墓標のように立つ原爆落下中心地標柱と、同心円を描いて拡がる地表のプレートデザインがグラウンド・ゼロであることを確かにイメージさせる。空を見上げ、この真上で、と思うだけでもうダメだった。
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▲碑の側面に記されていた

公園の隣の高台に、原爆資料館はあった。入場料200円の表示に一瞬たじろぐ。比べるのもどうかと思うが、広島は500円払ってもいいと思えたのに、今時50円だ。200円が高いとは思わないが何だろう、合点がいかない思いが残る。しかもループ状の通路を降りていざ入場という際に館内展示物の写真を撮りたい人は入り口に戻って申請が必要と言う。フラッシュを焚かなければご自由に、という広島とはこの点も違った。結局写真はあきらめて入る。展示物はやはり悲惨極まりない、見ておく価値のあるものばかりだったが、長崎は本当にこれらをできるだけ多くの人に見てもらおう、伝えてもらおうとしているのか、入館までのたった2つの事柄だけで少し疑問に感じてしまった。

そのあと、浦上天主堂まで歩いた。戦後新しく建て直されたものらしい。僕は見仏などやめてキリシタンになった方がいいのだろうか。堂の前でまた空が晴れた。
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(つづく)



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デンシャ旅 | Comments(4)
PROFILE

Kyo-to (キョート)

  • author: Kyo-to (キョート)
  • 京都出身/在住のシロート絵描き。
    こちらで『Kyo-to画(キョートガ)』という、パソコンで描いた京都の風景画主体のHPをやってます。
    が、最近やたら電車好きに。
    使用ソフトはPainter IX.5。

    ※絵をクリックするとオリジナルサイズで表示されます。
    個人的な保存は構いませんが、無断転載等は勘弁してください。

    [プロフPhoto by micoちん]
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