2007-10-30 Tue

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線=コンテ(先細コンテ2.5)
色=ペン(べた塗り)
+フォーカス(被写界深度)
九州2日目は予定通り、暗くなるまで島鉄とその沿線で過ごした。
暗くなるとデンシャはつまらない。車内の明かりのせいで外がよく見えなくなるのがデンシャの唯一残念な点だと思う。
今回の絵は、諫早へ戻る便を待っている時に見た、島原駅前からの夕景。本当はもうちょっと雲が多かった。
島原駅周辺は多分、沿線で一番の観光地だろう。1時間半ほど歩き回ったが、そんなもんでは足りない、雲仙からの伏流水の恵みにあふれた風情ある城下町だった。島原の乱では一揆軍にとって忌むべき存在だったろうが、シルエットがキレイで規模もちょうどいい島原城。背後に眉山と普賢岳。今度来る時はこの町に泊まりたい。

左下:駅前の「島原の子守唄」像 右下:武家屋敷水路
島鉄の廃止予定区間にある駅数は21。大半が駅舎もない無人駅だったけど永久に消えてしまうのだから全部に降りてみたかった。が、1日では土台無理だった。
布津新田(ふつしんでん)、堂崎では海岸まで歩いてゆっくり過ごしたけど、僕以外誰も降りなかったし誰も乗らなかった。廃止もやむなしか…と寂しさが増す。
心残りといえばもう一つ、観光トロッコ列車。最初は興味なかったが沿線の素晴らしさに触れ乗りたくなり、急遽申し込んだが1日3便の全便が満席。予約が必要だった。普通の車両はおろかキハ20形でさえ観光客は見あたらなかったのに、何だこの差は…。
廃止予定区間を走るこのトロッコ列車も消えてしまうのだろうか。だとしたら尚更残念だ。

沿線で見た風景の、ほんの一部
観光客が見当たらないと書いたが、その分、普通の車両には地元の人たちの生活感があった。買い物に行く親子や老人、JRに乗り継いで大きな街へ遊びに行くらしいヒネはじめた少年たち、クラブの行き帰りの学生。中でもそんな女の子たちはよくしゃべるので、聞くつもりがなくても話が耳に入る。語尾に「〜けん、」「〜ったい」とか、こちらの言葉が聞けて面白い。鉄道、それも鈍行の旅の醍醐味だと思う。
できれば話の輪に加わりたいぐらいだが、中途半端なオッサン世代の僕ではこの御時世、つまみ出されるか通報だ。こういう時は怪しまれない好々爺然としたおじいちゃんになりたいといつも思う。
茨城交通湊線であきらめたキハ20形にも乗れてよかったが、レギュラータイプの黄色い新しい気動車もここの風景に映える。

島原鉄道はホントにいい鉄道だった。
今ではこの路線の難読駅名の数々、大三東(おおみさき)、布津(ふつ)、蒲河(かまが)、有家(ありえ)なども難なく読める。
さて、もう一晩諫早に泊まり、最終日は長崎市内を巡る。
(つづく)
追記:
島鉄の中吊り広告に釣られて思わず島原駅で買った、島鉄全線の前面展望映像が収録されたDVD。
諫早〜終点・加津佐まで、家に居ながらにして島鉄の旅が何度でも追体験できるので良かった。
![]() | 島原鉄道 諫早〜加津佐間 [ビコムワイド展望] (2007/05/21) 趣味 商品詳細を見る |
あと、京都にも日本最古の公許の花街だった「島原」という場所(地名ではない)があるが、
この九州の島原(正確には島原の乱という事件の名)からとられたものだ。
揚屋の「角屋(すみや)」、置屋の「輪違屋(わちがいや)」、島原入り口の「大門」が残る、有名な観光スポット。
2007-10-26 Fri

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線=コンテ(先細コンテ2.5)
色=ペン(べた塗り)
+フォーカス(被写界深度)
ところで僕は島原鉄道を一日楽しむために、最初は高いと思ったものの3,000円の「島原半島遊湯券」というのを諫早駅で買っていた。島鉄と、グループのバス・フェリーが1日乗り放題で温泉の入浴券も付いている。島鉄HPには他にもっと割安なフリー切符も載っていたが買える日が限られている。諫早から終点・加津佐(かづさ)まで片道2,060円もかかるから、往復するだけでも元はとれると割り切った。
それで加津佐まで乗り通したのはもちろん、廃止予定区間を主体に何度も行ったり来たりバカみたいに島鉄を味わったのだが、それにしても、全線ほぼどこからも目に出来る雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)の存在感はどうだろう。
今回の絵は多比良町(たいらまち)〜島鉄湯江間で見た普賢岳を描いたものだけど、山の名の本当の由来は知らないが文字通り普賢菩薩を連想させる神々しさすら感じた。
もちろんそんな勝手な思い入れをよそに、火山であるこの山が牙をむいてこの地に幾度も災いをもたらしたことも知識としては知っている。江戸時代には噴火に伴う津波で対岸の熊本にも大被害が出た(島原大変肥後迷惑)そうだし、現代の僕らにとっては91年の噴火活動、中でも6月に43人の死者を出した大火砕流の被害が記憶に新しい。
その痕跡があらわに伺える場所では、ニュース映像なんかで見て知っていたつもりのそんな知識や何かがいっぺんにブッ飛ぶぐらいの、理不尽さというか恐怖のようなものを覚えたのだった。

写真をクリックするともうちょっと大きく見れます
それでもやはり、一日 島鉄と共に普賢岳を拝して過ごしていると、あの災害を乗り越えて今も普賢岳に寄り添って暮らす人たちの気持ちが分かるような、何とも説明しにくいけれど山への思慕の念みたいなものが僕の心に残った。

▲布津新田(ふつしんでん)駅の近くの港から

▲稲刈り後の田んぼの向こうに
91年の噴火による土石流で島鉄も路線に甚大な被害を受けたそうで、廃線の危機さえ乗り越えて復興したのに、被災部分を含んだ区間が乗客の減少に歯止めがかからず廃止になってしまうというのは何ともやり切れない思いがする。
(つづく)
※「雲仙普賢岳」は95年までの噴火活動で出現した平成新山を含むいくつかの山の総称のようです。
雲仙普賢岳噴火災害の詳細については島原市のHP内記事、「火山とともに」なども参照してみてください。
2007-10-24 Wed

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色=ペン(べた塗り)
+フォーカス(被写界深度)
10月7日(日)、九州デンシャ旅2日目。
前日は長崎県諌早(いさはや)市・JR諫早駅からすぐのホテルに泊まった僕。本日の予定は諫早駅から伸びる島原鉄道(以下、島鉄)を朝から晩まで満喫する。それだけ。
アタマがおかしいんじゃないかと自分でも思うが、今回、旅行先を九州に決めたのも、諫早に宿をとったのも、この島鉄に乗るためと言っても過言じゃない。
島原鉄道は諫早〜加津佐(かづさ)間78.5km、島原半島を半周する明治41年創業・昭和18年全線開通の民営鉄道で…などというウンチクはもちろん、こうして文章にする際に調べて書いているが、僕が島鉄訪問を決めた理由は、南島原の先、島原外港〜加津佐間35.3kmという路線のほぼ半分が来年4月1日に廃止になると知ったからだった。悲しい。

気張って簡単なマップを作ってみました
ということで、鉄路からは二度と目にすることが叶わなくなる廃止予定区間の風景を目に焼き付けることを主眼に置きつつ、朝7:22発の車両に乗り込んだ。
ここでいきなり嬉しい誤算。計画時にチェックした島鉄HPでは南線(南島原〜加津佐)でキハ20形という古い車両を運行すると記されていていて喜んでいたが、諫早駅で早くも乗れてしまったのだった。

諫早駅 キハ2006
台風15号の影響で、前日の快晴とは打って変わって雨になったのはただの誤算。旅先で降られたことのない晴れ男を自負していたのになぁ…と気落ちしていたら、走り出してしばらくすると止んだ。昨日拝んだ馬頭観音の御加護に違いない。
それにしても、何て幸せな気分だろう。同じホテルに泊まっていた丸出しの…いや、気合の入った鉄ちゃん達は6時台の始発で発ったのか車内はガラ空き、望んだ古い車両の味のあるボックスシートを独占できた上に、車窓は有明海沿いの鄙びた漁村や田園という僕好みの風景。予想以上にいい鉄道だ、来て良かった、と何度も心の中でつぶやいている自分がいた。

キハ2006の車内
途中、多比良町(たいらまち)という駅で列車交換(全線単線なので上下の列車の行き違い)の待ち合わせ。ホームに降りてみると、サッカーボールのモニュメントが。高校サッカーの西の名門、長崎県立国見高校の最寄り駅ということと、日韓ワールドカップ開催記念を兼ねて2002年に置かれたものらしい。

京都サンガFCを愛する いちサッカーファンから言わせてもらえば、この意匠のサッカーボールはもう過去の遺物なのだが…。
約1時間ほどでこの列車の終点、南島原に到着。路線の半分で1時間。乗り応えがある。
(予想以上に長くなりそうなので明日につづく…)
2007-10-19 Fri

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線=コンテ(先細コンテ2.5)
色=ティント(標準円形)
+ドロップシャドウ
13:11、JR黒崎駅から再び鹿児島本線の列車に乗り、博多へ。
デンシャ=鉄道と並ぶ、今の僕の大きな興味の対象、それは「仏像」。
愛読書『見仏記』第1巻で夢見た、大宰府・観世音寺の巨大馬頭(ばとう)観音!
ついに今日、これから会いに行くのだ。
![]() | 見仏記 (角川文庫) (1997/06) いとう せいこう、みうら じゅん 商品詳細を見る |
せっかくだから西日本鉄道にも乗ってみたいので、博多からは地下鉄で天神、西鉄福岡(天神)駅から天神大牟田線に。こっちでいうと近鉄京都線のような雰囲気の路線だったが、乗り込んだ「特急」は特急券の要らない京阪スタイルだった。

あっという間に西鉄二日市。大宰府線に乗り換えてひと駅の西鉄五条で下車。
念のため駅員さんに道を尋ねると、マップをくれた上に親切に教えてくれた。元々まったく方向オンチではない僕だが、おかげで確実に歩けて5〜6分で観世音寺に着いた。

もうてっきり門前町の広がるような大伽藍を想像していたのだけれど、
門も土塀もない、近所のお宮さん的な佇まいに拍子抜けした。

本堂もちんまりしていて、目当ての仏像は宝蔵にあると「見仏記」で知ってはいるものの、
本当にココがはるばる京都から目指した観世音寺なのかと多少不安になる。

宝蔵の拝観料500円を払い、中へ。数年前から集め始めた朱印(どこでも300円)も一緒にお願いして
いよいよ階段を上がると、果たしてそれは居た。というか、そびえ立っていた。
いくら像高5mだのデカいだの書いても、己の目で実感・体感しないとダメだ。今回も一応絵にはしてみたけど、こんなものじゃ何も伝わらないだろう。僕も来てみて本当の凄さが分かった。圧倒された。
馬頭観音の両脇にも同様にデカい十一面と不空羂索(ふくうけんざく)観音。壮観だ。
他にも、以前京都国立博物館の企画展で見た大黒天や、「見仏記」でも触れられているカッコいい兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)など、マニア垂涎のブツ(仏像)が目白押しで、時の経つのを忘れる。人影も絶えないし、しまいには団体客までやってきた。
帰る間際、頼んでいた朱印帳を受け取る時に受付のオッちゃんに「素晴らしいのがいっぱいですね」と興奮気味に語りかけると、いくぶん誇らしげにニコニコとしながらも「ここの仏像は指定が重文だから国宝に比べ修繕費など国から出る金額が低くて苦労する、九州は京都や奈良とは地元行政の待遇からして違う」などと思わぬ方向に話が拡がった。要するに、仏像の世界では九州は田舎だ、というようなことらしい。
あまり何度も「京都や奈良(の恵まれた環境)みたいに…」と口の端にのぼるので、ついに「京都から来た」とは言いそびれてしまった。
確かにかつては政治・文化の中心だった京都・奈良ではあるけれど、住人の僕にしたって貴重で有名なブツをすぐ見に行ける、ぐらいの恵みは感じていたものの、「見仏記」で いとう氏も幾度となく論じていた「中央」という概念と、執念に近い「地方」の人の思いをここで痛感させられるとは思いもよらなかった。
観世音寺。馬頭観音の大きさだけでなく、訪れる価値もとても大きな場所だった。

しかし、またもや時間の関係で、目と鼻の先の太宰府天満宮や大宰府跡などに寄れなかったのも大きな心残りとなった。これから僕は佐賀県を経て、今夜の宿のある長崎県へ向かわねばならない。福岡で一泊するべきだったな…。
(つづく)
2007-10-16 Tue

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後ろ髪を思いっきり引っぱられる思いで門司港駅を後にした僕は、JR鹿児島本線を今度は西へ。
小倉でいったん鳥栖(とす)行きの快速に乗り換え、黒崎駅を目指す。
進行方向右手の車窓は、さすがに北九州工業地帯らしく大きなプラントが建ち並んでいる。
途中、車窓風景との著しいギャップを覚える「スペースワールド」という名の駅に停まり、
一瞬我が目を疑ったが、左手に広がる遊戯施設群に気付いて、
新日本製鉄八幡製鉄所の敷地内にあるテーマパークのことだと思い出した。
ちょっと面白そうだけど、僕が求めるワンダーランドはもうちょっと先にある。
10:52、黒崎駅着。
JR黒崎駅に隣接したビルの1階部分にある「黒崎駅前」〜「筑豊直方(ちくほうのおがた)」間、
16kmを30分ほどで結ぶ鉄道が、今回絵にした筑豊電気鉄道。
九州デンシャ旅初日のお目当てだ。

CS放送の旅チャンネル『全国チンチン電車紀行』で紹介されたのを見て、
九州へ行ったらぜひ乗ろうと決めていたのだった。
見た目は路面電車っぽいのに、専用軌道を結構なスピードで激走する面白いデンシャだ。
ちなみに絵と写真の車両は、この路線のレギュラータイプ、3000形。

車内に居る車掌さんに運賃を手渡しする光景もイイ感じ。
もっと鄙びた鉄道を想像していたけど複線だし、京都でいうと叡電の出町柳〜修学院の間みたいな
郊外の町中を10分間隔のダイヤで走り抜ける、利用者も結構多い割と元気な鉄道だった。

…とか言ってると、残り1/3ぐらいの区間は↑こんなのどかな風景が広がり、
いつの間にか乗客も僕だけに。
終点の手前でおばあちゃんが一人乗ってこられたものの、終点・筑豊直方駅は寸断されたような
(実際、路線延長の計画が頓挫したらしい)高架駅で、何となく儚げな地方鉄道の風景が待っていた。
11:32。とりあえず路線を乗り通してひと安心してしまった僕は、
13:11までに再びJR黒崎駅に戻ればいい、運転間隔も10分だし余裕やん、と
直方の町をブラブラ散策することにした。

知らない町の、生活のにおいがする商店街なんかを歩くのはホントに楽しい。
先の番組でも紹介されてた喫茶店(写真手前右手)も偶然見つけて小休止したりなんかしながら
本当に余裕をかましていたら、古い宿場町のあるという木屋瀬(こやのせ)や、
筑豊電鉄の車庫がある楠橋(くすばし)にも寄ろうと考えていたのに、
時間がもうなくなっていることに気付いた。バカだ。
九州デンシャ旅、初日のこの時点で事前にたてた計画が失敗だったことも思い知る。
最初の小倉から今夜の宿のある街までの行程を時刻表で上手く組めたと
満足してしまったところで終わっていた。
九州は想像以上に広い。無理がありすぎた。
結局、この筑豊電鉄探訪は単に往復しただけに終わってしまった。
本当に乗りたかった車両、2000形↓も午後から1編成走ると駅員さんに聞いたが、僕の去った後の話だった…。

※この写真のみ、転載可という太っ腹サイト『日本の旅・鉄道見聞録』より転載させていただいてます
(ダメダメのまま つづく)
2007-10-13 Sat

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
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九州へ行ってきました。
もちろん、目的は九州の地方鉄道探訪。
京都から一泊ではさすがにキツいので、6〜8日の3連休を利用した。
九州北部の3鉄道に絞り、そこへ向かうJRの沿線風景も楽しみつつ、
それぞれを一日づつ3日間堪能する計画だった。
夏の青春18きっぷ有効期間は終わったので、もちろん今回は鈍行では行かない。
よって、九州入りは山陽新幹線で。しかも憧れの500系!

男(お子チャマとも言う)心をくすぐるイカス風貌、最高時速300kmのハイパー新幹線なのだが、
同等以上の性能と乗り心地を兼ね備えた新型・N700系に早晩置き換えられていくらしく、
地方鉄道のように失くなりそうなものばかり追いかけてる今の僕には
ある意味お似合いの新幹線と言えるかもしれない。
さて、朝イチの500系に乗りたいがために新大阪で乗り換えの余計な時間を要したが、
7:13に京都を出て9:38、北九州・小倉に到着。
終点博多から九州各方面へ赴くのが定石だと思うが、一つ目のお目当ての地方鉄道への行程の都合と、
どうしても立ち寄りたいところがあったため、ひとつ手前の小倉で降りたのだ。

小倉駅で鹿児島本線に乗り換え。
九州イッパツ目のデンシャは古めの車両だった。
コイツで3駅ほど東へ戻る。15分ほどで終点。
そこが僕がまず立ち寄りたかった場所、今回絵にしたJR門司港駅だ。

大正3年(西暦1914年)に建てられた九州で最も古い木造の駅舎で、
駅としては全国で唯一 国の重要文化財に指定されている、
と門司港レトロ倶楽部というHPの解説にも書かれている。
これぞ駅、といった趣あふれる、期待に違わぬスポットだった。
だが、同時に失敗でもあった。
駅舎を見れれば十分だろう、と文字通りたった十分しか滞在時間をとらなかったのだ。
ネットで事前に旅先のあらゆる情報が手に入る時代、下手をするとその追体験で旅が終わる危惧から
僕は下調べはどうしても見たい場所の拝観時間やアクセス情報だけ、ガイドブックの類も地図さえ持たない
というのを「縛り」みたいにしているのだけれど、それが仇になった。

関門海峡はすぐそこだし、レトロな洋風建築がそこここに目に入るし、
これは半日ぐらい居ても楽しめそうな場所だと悔やむことになってしまった。
でもここで時間をとると後の行程がもう破綻する。
そうして僕は予定通り、泣く泣く門司港駅をあとにするのだった…。
(つづく。 3日毎ぐらいの更新を予定…してはいますが、果たして)
![島原鉄道 諫早〜加津佐間 [ビコムワイド展望]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/11OgpvauG4L.jpg)




