2008-04-25 Fri

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
パステル(X-ソフトパステル10〜20、アーティストチョーク)
『Kyo-to画(キョートガ)』というイラストHPを2002年に立ち上げてから、今日で丸6年も経ちました。
このブログに実質移行してからでも3年。時の経つのは本当に早いものです。
その、HP上で最初に発表したのが京都タワーの絵。
当時と同じ写真を元に、同じアングルの絵を描いてみました。
そういえば夕方の写真を元に夜の設定に変えて描いたんだっけなぁ、と懐かしく思い出しましたが
今回は夕方のままで。当時の絵もビックリするぐらい恥ずかしいデキですが、
今も大して上達してないのがお分かりになると思います(苦笑)。
ありのままの京都の姿をパソコンで描こう、などと意気込んでサイトを始め、
やがてPainterというプロレベルのお絵描きソフトまで導入したものの、
今はすっかり写真とデンシャにハマって新ブログを作る始末で、HPもここも放置プレイ。
でも今回、(言い訳として)急いで描いて雑ではありますが、久々に絵を描いたら
自分で風景を組み立てていくような面白さや、描いているあいだ何も考えなくなる
リラックス感みたいなものを思い出して、やっぱ絵もいいなぁ、とか再認識しました。
ぼちぼちではありますが、これからも絵は続けたいと思いますので
よろしかったらお付き合いのほど、お願いできれば幸いです。
2007-11-26 Mon

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
線=コンテ(先細コンテ2.5)
色=ペン(べた塗り) 、エアブラシ(幅広-ホイール50)
+フォーカス(被写界深度)
久々に、Category「京都の画(え)」を描いてみたが、地理的に京都というだけの、私的な思い出の場所の絵だ。
僕は小学4年に京都市山科区から八幡市(やわたし)に引越し、いわゆる"青春時代"を、そこで過ごした。絵ではSATYとなっているが、当時はニチイだったと思う。街の中心部でも小規模の商店街しかなかったので、ニチイができた当時は何だか八幡もやっと「都会」になった気がして喜んだものだ。
とはいえ大したものは売ってないので、本格的な買い物の際はとなり街、大阪府枚方市の樟葉モール街(現KUZUHA MALL)や京都市内へ行くのは変わらなかったが、当時夢中だったギターの、ピックや弦などの小物なんかはここのワルツ堂という、楽器も置くレコード屋に学校帰りに立ち寄って買っていた。BOφWY(ボウイ)のコピーバンドをやっていたから、買うほどでもないバンドスコアの立ち読みなんかもよくした。
そんな八幡のニチイが、この11月12日で閉店してしまった。最後に思い出の店内をのぞいておこうとつい先日、今住んでいる所は違うがわざわざ足を運んでみた。今月いっぱいまでだと思い込んでいたので時すでに遅し。おまけにワルツ堂も、よく考えたら数年前に倒産している。
ニチイの向かいにあった、級友が家族で頑張ってた小僧寿しもクリーニング屋に変わっていた。よくある言い回しだけど、確実にひとつの時代が終わった気がして、ニチイとその向こうの岩清水八幡宮のある男山を、あてどない気分で眺めるしかなかった。
しばらく周りをブラブラ歩いてみたが、まるで知らない、最近好んで乗りに行く廃止寸前の地方鉄道沿いの街のようだった。ニチイのある京阪八幡市駅前エリアは元からパッとしなかったが、ニチイが閉店になったのも、かつては街外れだった国道1号線沿いに建ち並ぶ大型店舗群へ商圏が完全に移ってしまったからだ。現在の地域格差は、話には聞いていたものの既に目を覆うほどの状況だった。
2007-06-25 Mon
2007-02-05 Mon

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
パステル(X-ソフトパステル10〜20)
高校卒業時に埋めたタイムカプセルが開封されるというので
母校へ10数年ぶりに足を踏み入れた。
タイムカプセルのことも、何を入れたかも僕はまったく覚えてなかった。
出てきたのは、あの頃の僕が今の自分へ記したメッセージと、
まるで昨日プリントしたかのように色鮮やかな、クラスのみんなの写真。
怖いモノ無しで調子に乗りまくっていた、当時の僕の稚拙でふざけた文章など
悶絶させられるほど恥ずかしいシロモノでしかなかったが、
それを書いた高校3年2月15日前後の話の他は音楽のことばかり記しているところを見ると
あの時の僕は音楽がすべてだったんだと思い知らされて、ちょっと胸が痛む。
今回の件は大々的に告知されたワケではなかったので、写真のみんなが揃うことはなかったけど、
何人か懐かしい顔(先生にも)と再会できて、一気に気持ちがあの頃へ戻ってしまった。
校舎も、今回絵にしてみた教室もあの頃のまま、まるで学校全体がタイムカプセルみたいだった。
あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ…
全てが思うほど うまくはいかないみたいだ
今また現実に戻って、唄を引用して例えるのはサブいけど
『夜空ノムコウ』な気分。
2007-01-01 Mon

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
パステル(X-ソフトパステル10〜20、先細パステル10〜30)
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
2007年は亥年、ということで一発目はそのまんまイノシシを描いてみました。
祇園・建仁寺の塔中寺院のひとつ、禅居庵 摩利支天堂の狛犬ならぬ狛猪です。
狛犬の代わりが猪、といえば御所の西にある護王神社が有名ですが
探してみると割と他にもあるみたいです。
この摩利支天堂は、イノシシに乗った摩利支天(まりしてん)という
天部の仏を本尊としているため、それにちなんで置かれているようです。
もちろん見仏もさせてもらいましたが、
陽炎(かげろう)を神格化した仏なので非常に小さく作られているとのことで
摩利支天像は肉眼では確認できませんでした…。
2006-12-25 Mon

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
線=コンテ(先細コンテ)
色=ティント(標準円形)
このブログではおなじみの嵐電(らんでん=京福電気鉄道)の嵐山駅構内の風景を描きました。
右がカラフルなペイントが施されたバージョンもある、
昭和4年製・吊掛け駆動の"オールドタイマー(byくるり)"なモボ101形105、
左が平成7年製のモボ631形632。
ところでこの嵐電、来春(2007年3月19日)に一部の駅名が変わるそうです。
現在の駅名 →変更後の駅名
・三条口 → 西大路三条
・太秦(うずまさ) → 太秦広隆寺
・車折(くるまざき) → 車折神社
・嵯峨駅前 → 嵐電嵯峨
・高雄口 → 宇多野
・御室 → 御室仁和寺(おむろにんなじ)
・竜安寺道(りょうあんじみち) → 龍安寺
「蚕ノ社」(かいこのやしろ)とか「帷子ノ辻」(かたびらのつじ)とか
難読で珍しい駅名が多いところも僕が嵐電を好きな理由のひとつでしたが、
とりあえずはガッカリさせられるような変更じゃないようで安心しました。
2006-11-30 Thu

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
線=コンテ(先細コンテ)
色=ティント(標準円形)
今出川通りから堀川通りをちょっと上がって
寺之内通りを東へ入ったところにある、人形の寺として有名な
宝鏡寺(ほうきょうじ)門前を描きました。
寺の庭から塀を越えて赤く燃える紅葉が目にとまったからです。
春と秋しか本堂&書院が拝観できないのと、あともちろん
寺の名前の由来となった宝鏡を手にした珍しい本尊・聖観音が見れたらいいな、
と思って行ってみたのですが、閉じられたままの厨子の前に
『秘仏』という木札があるだけでした。ガックシ。
でも本堂前の庭が、こじんまりしてるけどすごく綺麗で
堀川通りの喧騒がウソみたいに静かで、いつまでも離れたくないくらいでした。
2006-11-12 Sun
2006-11-05 Sun

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
コンテ(先細コンテ 8)
出町柳〜鞍馬/八瀬の京都市北東部を走る私鉄、叡山電鉄。
略して「叡電(EIDEN)」のデオ700系という車両を描いてみました。
京都市内を走る電車はJRを除いて私鉄だけでも
近鉄、京阪、市営地下鉄、阪急、嵐電、そしてこの叡電と6社あります。
どの路線もそれぞれ趣きがあっていいモンですが、
個人的に路面電車の風情が感じられる嵐電が一番好みで
今までは嵐電ばかり描いてきましたが、これからは
折を見てこうして嵐電以外の電車も描いていきたいと思ってます。
で、この叡電ですが、京阪の北の終点・出町柳以北エリアの
貴船・鞍馬や八瀬・大原方面へ行きたい時にとても有難い存在です。
精華大学への通学に利用している学生さんも多いでしょう。
一乗寺・修学院あたりの何となくのんびりした街の雰囲気から一転、
比叡山麓や鞍馬の山奥へのダイナミックな風景のコントラストも楽しめる
ショートトリップ感あふれるナイスな電車だと思います。
2006-10-23 Mon

Painter9.5 使用ブラシ(バリアント):
線=コンテ(先細コンテ5)
色=デジタル水彩(シンプル水彩、極細水彩)、一部 ティント(標準円形)
京都の街なかの小さな通り沿いでよく見かける、お地蔵さんの祠です。
左京区の、昔おじいちゃんの家があった路地の出口の祠を描いてみました。
幼い時よく遊びに行った70年代でもこの路地はジャリ道でした。
おじいちゃんの家もなくなり、おじいちゃんもこの世にはいなくなって、
今はどうなってるんだろう、と訪れてみたらご覧の通り舗装されてて、
周りの家の雰囲気も変わってましたが、この祠だけは昔のままで
何かちょっと嬉しいような複雑な気持ちでした。
かつてこの前を通る時、おばあちゃんに
「まんまんちゃん あん、しときや」
と言われたのを覚えてます。
『まんまんちゃん あん』の正確な意味は分かりませんが、
子供向けの、お地蔵さんへのお祈りの言葉だと思います。






